写真展御礼
5月20日から30日まで開催したキューバポスターとダイ小林写真展。「やっちまおう」という軽いノリの写真展だったのですが、たくさんの方にお越しいただきました。
楽しそうに観ていただいている方がいれば嬉しくなり、一瞥して店を出て行かれるお客さんがいれば(多数ですが)落ち込んだりと、なんとも気持ちの振幅がデカい10日間でした。それでも、お客さんとキューバビールを飲んだり、旧い友達が作家っぽくしている僕の展示を大爆笑してくれたりして楽しかったです。
みなさん、ありがとうございました!
さて、お客さんに投票いただいた「ナンバーワン・キューバ人を決めよう」の結果です。
投票総数:121票で栄冠に輝いたのは、10票の葉巻のおじさんでした。
2位は、犬とおじさん(7票)、3位は、白いヒゲの葉巻おじさんとボウズのおじさん(6票)でした。
1位のおじさんには、今度キューバに行くときに、探して賞品を渡したいと思っています。(会えるのか?)
ウレシカでは、楽しい展示やイベントをやっていきますので、今後ともよろしくお願いします!
2010年6月 2日 16:40 | | コメント (0)
キューバポスターとダイ小林写真展
キューバポスター展と写真展をウレシカの店舗でやります!
写真知識まるでなしの僕が、カタコト言葉とゼスチャーで撮影をお願いしたキューバの人達100人以上を展示します。まあ、とりあえず人生を楽しもうよ、という人懐っこい葉巻売りのオジサン、「日本人だー!」と遠くから握手を求めてきたオジサン、「お前の髪、硬そうだな、切らせてくれ」と言う床屋のオジサン、最高の笑顔をしてくれたかと思ったら、「撮影代をよこせ」と言ってきたオジサン、弾けるような笑顔のウェイトレスさんなど、ココロが温まった様々な人達の写真です。
「キューバポスターとダイ小林写真展」
2010年 5月20日(木) - 5月30日(日)
URESICA SHOP&GALLERY(東京・世田谷区経堂)
情熱的でグラフィカルなキューバポスターの展示・販売と
ウレシカの脱線系スタッフ、ダイ小林がキューバで出会った
100人以上の人々や街角スナップなどの写真を展示します。
WEBショップ未掲載のポスターや、メキシコの民芸品や雑貨も一部展示販売します。
2010年5月19日 21:09 | | コメント (0)
東京ー長崎バイク旅 後編
4月24日
早朝、松江市のフェリー乗り場、七類港へ。またしても雨。この朝が最後の雨だったが、雨バイクは心底つらかった。どうすれば楽しくなれるか走りながら妄想したが、お金や権力や平和よりもエロいことを考えるのが雨を忘れるのに一番効果的だった。フェリーの料金は、2等2,840円+バイク2,520円。所要2時間半。大広間の2等室は雑魚寝で楽しい。隠岐の港には友達の奥さん、フミエさんが向かえにきてくれていた。初めてお会いするが90ccのバイクで旅をしているのは僕ぐらいしかいないので、すぐに見つけてくれた。家まで15キロと言われて驚いた。なんでも島の外周は150キロぐらいあるそうだ。隠岐はデカい!隠岐の島に宿る自然の力を感じつつ、よく整備された道を走る。海と山のなんと美しいことか。
それから、モンゴルで知り合ったフルさんが営む針灸の診療所兼自宅に行き、8年ぶりの再会。うれしくて涙がでた。
その後、猟師さんにごっそりサザエをもらったり、本土で教員をしているシモザワさんカップルに岬で出会った。明るい先生シモザワさんの彼女ミヤモトさんはシャイで隠れがちだったがiPhoneの話しを楽しくしてくれた。ありがとう。
帰ってフルさんと飲み屋に行って、隠岐の焼酎を飲んだ。楽しい一日だった。
25日

昨晩、飲み屋で知り合った棟梁の中村さんに誘われて魚の箱詰め作業。発砲スチロールの箱にテトリスみたいに魚を押し込む。丁寧に水揚げ、梱包された魚がトラックでどこかにいってしまった。ちゃんと残さず食べてほしいと勝手に生産者気分。フミエさんと流木を拾いに行き、持って帰れそうなサイズを2つ拾う。午後の便で本土へ戻る。
日本海側の国道9号を西へ。夕日が日本海に沈んでいくのを横目に走った。胸が熱くなった。まだ感動できる。
出雲大社に寄るが、暗すぎて怖くなり入り口を眺めただけ。その後、宿を探しにひたすら西へ。島根はどこまで行っても島根。国道は真っ暗でみんな飛ばしてドキドキ。ホテルはあまり見つからず、ラブホテルに泊まるしかないかな、と不安になりはじめたところに温泉津(ゆのつ)温泉郷登場。迷わず飛び込む。100年の歴史のある、ますやさんに素泊まり。5500円。生き返った。
26日
いざ九州へ。日本海側の国道9号から191号の道は、このバイク旅のハイライトとなった。きらめく日本海と一緒にどこまでも走れる。特に山口県の角島にかかる低い橋は、まるで海面を走っているようだった。美しい国だ。
下関にある友達の実家にアポなしで寄り、お茶をして開門トンネルへ。90ccの通行料は20円。原付だったら人道を押さなければいけなかった。トンネルを抜けるといつの間にか九州へ。一瞬、違う国へ来た感じがしたが勝手な思い入れだろう。国道3号を走り博多へ。都会だ。流木積んでいるので恥ずかしい。
夕方、ウレシカのロゴデザインをしているオカダン・グラフィックに到着。オカダンと2年ぶりの再会。うれしかった。巨峰と柿の果樹園を営む中山姉妹も合流し、鍋を食べる。「記録でもつくりたいの?」と極めて冷静に言われる。
27日
バイクをあっさり諦めてバスで長崎へ。所要2時間で料金2500円。寝ていても到着できる。カマタのお母さんにお会いする。行く先々で「嫁を置いて男一人で何を遊んじょる!早く帰って仕事しなさい」と言われヘコんだと話すと、あなたって意外とナイーブね、と言われてさらにヘコむ。
28日
朝一で長崎手ぬぐいを扱うお店にご挨拶。3年前から取り扱わせください、とお願いしている。その後、バスで博多に戻り、オカダンに昼ごはんを作ってもらい、北九州の港へ。2泊3日のフェリーで東京まで帰る。2等14,470円+バイク9,220円。19時出発で東京に着くのは明後日の5時半。神戸―上海の鑑真号並み。チベット人の女の子を追っかけて鑑真号に乗船していた大学生のことを思い出す。チベットの恋愛について熱く語っていた。彼の恋はどうなったのだろうか。夕日が美しかった。
29日
9時ぐらいに徳島に寄港。船から見る徳島の港も美しかった。その後は船酔いとの戦い。ミイラみたいな格好で寝るしかなかった。
30日
東京到着。吉野家の朝定食を食べたあと、無事に自宅到着。疲れたが充電完了といった感じでやる気満々。これからがんばろう。
今回、バイクの知識もほとんど持たない僕が、'75年製のボロバイクで福岡まで楽しく行けたのは、バイクに大きな故障がなかったことがもちろん大きいですが、出会った人達、再会した友達、いつも黙って行かせてくれる妻の支えなしにはありえませんでした。僕は、いつもいろんな人に支えられてきました。毎回、ありがとうしかありません。このブログで感謝というのは、ちょっと違うかな、とも思いますが、この場を使ってお礼を申し上げます。ありがとうございました。
90ccバイク旅2010
総走行距離:1693キロ(メーター計算)
ガソリン使用量:47.13リットル(給油回数16回)
2010年5月13日 10:15 | | コメント (2)
東京ー長崎バイク旅
だいぶ時間が経ってしまいましたが、バイク旅のまとめです。
4月20日
国道1号線をひたすら西へ。どしゃぶりで寒くて、まったく面白くないがもう戻れない。250キロ走り、浜松到着。スーパー銭湯があったので、ひと風呂あびる。500円。その後、アメリカで会った友達、マイコ夫妻の家に泊まる。セレブマンションで、ビチョ濡れが申し訳ないがほっとした。
21日
朝6時に神戸へ出発。1号線をひたすら西へアゲイン。半キャップのヘルメットはさすがに辛い。リサイクルショップでしっかりしたヘルメットを買う。2100円。快適になった。姫路の中古バイク屋の前でバイクが止まる。ただのガス欠なのに「ちょっとエンジン見てください。」いつも自分は焦ってしまう。 その後、神戸の叔父の家に泊めてもらう。ハチャメチャな僕をいつも優しく受け入れてくれる。この日は280キロ走った。
22日
雨が強いので、神戸でもう一泊。電車で大阪まで行き、東欧雑貨のお店などにご挨拶。ちゃんと仕事もしているぞ、というポーズ。 モンベルのインナーを上下で買う。12000円ぐらいだったが、これがなかったら、その後ヤバかった。商品の前で長らくウジウジしていたけど、ナイス判断だった。
23日
神戸出発。隠岐の島行きのフェリーのために前泊。米子で泊まろうと思ったけど、途中の「温泉」という文字に惹かれ、皆生温泉に泊まる。素泊まり3500円の古いホテル。近くのお寿司屋さんで、地元の獣医さんと知り合う。アルマジロの皮膚病をみてくれ、と言われた話が面白かった。調子に乗って、あまり飲めないお酒を頼んでみる。男一人山陰の旅。飲まないわけにはいかない。なんかカッコいい。しかし、お湯割りで!と頼んだお酒が日本酒だったので店員のみなさんがざわつく。あわてて焼酎に訂正。日本酒はお湯割りしないことを35歳で始めて知った。なんと恥ずかしいことか。カッコつけると大体失敗してきたはずなのに、またカッコつけた。この日は260キロ。
つづく
2010年5月11日 14:52 | | コメント (0)
マスク犬
ウィーンの自転車12
長崎まで行こうと思っている僕のバイク、スズキ・バンバン90。2年前に買って以来、非力だけど、どこまでも行けるんだ、という感覚が好きで、いまだに楽しくて仕方がないです。
しかし、70年代のバイクなので、とにかくボロい。15万で買って、半年後にはエンジン修理等で15万。パンクは2回、搭載するラジコン用バッテリーが燃えて、肝を冷やしたのは3回、スピードメーターと距離計が壊れ、ブレーキ、アクセル両ケーブルも交換。こんなエコエコ時代に「申し訳ございません」としか言いようのない2ストの白煙。マイナス面は挙げれば無限にでてきます。・・・・・。
4日後出発なのに、ブログ書いてたら、なんか不安になってきた。。
ブダペスト駅で会ったウクライナ女性
15年前に吉祥寺の焼肉屋でバイトをしていました。
当時、たびたび副店長に怒られていた僕に「大ちゃんの言葉遣いはまるでなっていないけれど、お客さんにキャラクターは伝わっているから、そのままでいいよ」と店長のYさんから言われました。この言葉は、若く鬱屈していた僕には本当に嬉しくて、おかげで僕はその後もずっとそのままです(笑)その店長Yさんが独立して開いたお店が「1ヶ月予約の取れない焼肉屋」になっていることを友達のブログで知りました。なんでも国産牛が安くて旨く、連日満員だそうです。いきたいなー。
焼肉問屋 牛蔵
東京都練馬区貫井3-10-2 コイケビル 2F
蚤の市のおじいさん
ウィーンの自転車11
25階建てのマンションやショッピングモールなどができた武蔵小金井駅をバイクで走っているとき、この急激な人口増加、し尿増加に地下を通る下水道は果たして耐えられるのだろうか?とふと気になり、用事を済ませたついでに小平市のふれあい下水道館へ。ここの目玉は、地下25mの実際に市民が使用している下水道を見学できるという信じられないもの。直径6m弱の巨大な下水道をチョビチョビ流れる下水からは当然ながら微妙な臭気があり、懐かしくも非常に不愉快で、いやなふれあい。 来館者は僕一人だったので、下水道についていろいろ質問。下水の歴史、下水管の素材、油を流すとどうなるのかなど丁寧に教えていただきました。
ちなみに小平市の下水道は人口予測や都市計画に則って整備されているそうなのでキャパは十分なのだそうです。あースッキリした。
ウィーンの自転車10
切手屋のおじさん
経堂には、個人でやられているお店が多く、その店主の方々とお会いする機会が増えました。そのたびに僕は「ウレシカの小林です」と自分を自嘲気味に紹介するのですが、コバヤシと呼ばれたくない自分としては、なんか気持ち悪さが残ります。 しかし、ウレシカのダイスケです、というのも初対面の方々には馴れ馴れしくはないか。旅や友達ではなく、何年も何十年も経堂で経営されている諸先輩方に「コール・ミー・マイク」などと言っているようで、あまりにも無礼で、自分の薄っぺらさを露呈してはいないだろうか。コバヤシだと自分がくすぐったく、ダイスケだと場の空気が凍る。毎回、自己紹介の場面で緊張しています。
ウィーンの自転車9
今日、バイク用パーツ専門店の駐車場で、僕の目の前でビックスクーターに乗った男性の靴が脱げました。怪我のためか左足を不自由にしてらしたので、その靴を拾い、履かせてあげると、コーヒーを奢らせてほしい、と言われました。50才のノグチさん(仮名)は、4年前に睡眠薬を大量に飲み、そのまま横に倒れ、圧迫された左足には痺が残ってしまったそうです。でも、今はスネから下が不自由なんですよ、と明るく笑顔。そんなこととは露知らず、じゃあBOSSの金色のヤツで、などと、ちゃっかりコーヒーを奢ってもらっている自分はなんと図々しいのだろうか。今頃になって自己嫌悪。今度お会いできたら、お返ししたいです。
2010年3月 5日 18:07 | | コメント (0)
ブダペストの本屋さん
最近、登録したツイッターのアカウント。というか結構まえにアカウントはつくっていたのだけど、オバマやNBA選手のつぶやきをフォローするぐらいで、面白さを実感できないままID、パスワードを放置していました。
しかし、経堂に店舗みたいなものを作るにあたり、経堂の面白い人達と会ってみると、ツイッターが密接に新たなコミュニティーの場として機能し、雪だるまのように人が人をよんで、ドンドン転がりデカくなっていました。ここまでだったか、ツイッター。
しかし、アカウントを開設したにも関わらず、ほとんどつぶやくことができません。なぜつぶやけないのかというと、完全に乗り遅れたということもありますが、不特定多数(フォロ頂いた方は、ほとんどお会いした人ですが)に些細なことをつぶやくということに慣れていないというか恥ずかしさを感じてしまいます。
一度、そう考えてしまうと、このつぶやき以下のブログはもっと更新ができなくなり、オロオロしているここ2、3週間です。うーん。
写真は、ブダペストの本屋のゾルジさん。
ウィーンの自転車8
ポーランド、クラクフ駅売店のおばあちゃん
吉本隆明の共同幻想論を何年かぶりに立ち読み。相変わらず、まるでわからない。当方の成長、なし。今回は、がんばって1ページを読もうと思うも、トイレに行きたくなりトイレへ。結局、帰りの袋には、「新編集 忍者ハットリくん1巻」と寄藤文平の「元素生活」の2冊。ハットリくん、癒されるー。
2010年2月12日 13:25 | | コメント (0)
ウィーンの自転車6
「これは勝てない・・・」太くて硬い骨、しなやかで強い筋肉。
組んだ瞬間、モンゴル人の圧倒的な足腰の強さに驚きました。
ミルキーな食生活、厳しい気候のなかでの放牧生活。そんな彼らの身体能力の高さは、なんとなく想像はできていました。
しかし、僕の対戦相手は、14、5歳。しかも女の子でした。
9年前、ウランバートル郊外の草原でテントを張って寝ていたら、アンパンマンのような顔のあどけない女の子とその弟に相撲をしようと対戦を申し込まれました。小さい弟を何回か投げたあと、恥ずかしそうに挑んできた姉と組んだときのショックというか驚きは忘れられません。まったく歯が立たず、あっさりブン投げられたことよりもガタイの良さが衝撃的でした。
その後、モンゴル勢が角界を席巻し始めた頃、「ほらな、オレはわかっていたよ」という気分で、投げられたことを棚に置き、鼻が高かったです。
引退、残念だなー。
ブダペストの屋台ファミリー
ウィーンの自転車3
先週末、家に遊びに来る友達を驚かそうと、お洒落なイケメンカツラを買いました。
そう、僕の密かな夢は、カツラが必要な髪量になったときに、精度の高いカツラをかぶり、不満なときにカツラを地面に投げつけることです。その実現も兼ねて、選んだのはラパンドアールというメーカーのフェザーミッドレイヤー(ブラック)。「サイドが短く、トップの立ち上がりと空気感のあるパーマスタイル。」
これなら長髪過ぎず、黒くて、自然。モテ・ワイルド!(ちなみに今はボウズ伸びかけです)
そして当日、続々と友達がやって来ましたが、カツラをかぶったら恥ずかしくて人の目が見れない。早々と耐えられなくなり、突っ込まれる前に脱ぎ捨て降参。なんであんなに恥ずかしいんだろう。
ウィーンの自転車2
ウィーンの自転車
帰国前々日にウィーンで撮ったこの写真。
たまたま走ってきた自転車がド真ん中に写りこみました。それがとても面白くて、ブログ用の写真として、今回は走る自転車を撮ることにしました。
遠くから走ってくる自転車を捕捉し、自転車のスピード、カメラとの距離を測り、風景を撮ると見せかけて、構えてパシャリ。
撮っているときは、かなり楽しくて、まとめて3台が撮れたときは、100キロのマグロを釣った猟師のような高揚感(たぶん)でした。
しかし、帰国後、冷静にパソコンでみると、なんかイマイチ。マグロの鮮度はすっかりなくなっていました。食えんのか?これ。
ブダペスト国会議事堂の守衛さん
おじさんの犬
テレビを見ていたら、口呼吸の重要性を放送していました。
なんでも日本人の3分の2が口呼吸で、当然ながら口呼吸はウィルスを体内に取り込み易いということでした。
自分はというと、また口が開いている!と子供の頃から叱られ続け、30数年。
知人から鼻呼吸を勧められ、口にテープを貼って睡眠したり、割り箸をくわえたりもしましたが、どうも無意識で口が閉じられません。
電車で起きたら、シャツにヨダレ。バスケのドリブル中に興奮してヨダレ。アイスを口に入れる前にヨダレ。もはや犬です。
鼻呼吸、ウィルス云々よりも、しっかり口が閉じてる人間になりたい!
これは強靭な意志と手段で矯正するしかない、夜だけでなく起きている時もだ!、と思いでっかいガムテープを口に貼りつけ、このブログを書いています。
うーん、しゃべりたい。コーヒーが飲みたい。叫びたい。
通信手段
10年で劇的に変わったのは、何といっても通信環境です。
1999年当時、海外で自分の端末を使い、メールなりHPをアップしようと思ったら大変でした。通信衛星を利用するインマルサット通信、衛星携帯電話イリジウム、各国プロバイダーに電話線を介して接続するローミングサービスなどがありましたが、どれも従量課金制で高額なものでした。そのなかでも板状のアンテナを衛星に向かって広げるインマルサットが笑えるかなと思い、実物を見に行きましたが、機材がデカ過ぎで断念しました。結局、一番安いAT&Tのグローバルローミングサービスに加入しましたが、ホテルや宿では接続が難しく、ほとんど役に立ちませんでした。
それが現在では、多くのホテルでWiFiが完備され、部屋からiPhoneで「今、充電器から火がでました!」などと即座にTwitterに書き込みができます。さらに、それを日本で読んだ友達が、ブダペストで充電器を売っている店をネットで探し、数時間も経たないうちに教えてくれるという時代です。
10年後には、一体どうなっているのか楽しみでもあり、不安でもあります。
自転車レーン
今回は、10年ぶりのウィーンでした。
前回は、ブルガリアで買った自転車でのチャリ旅だったので、僕にとっては休息地という感じでしたが、泊まった宿がよくなかった。
円筒形の高層ホステルで、6階にある部屋まで自転車をフラフラで担ぎ上げ、上のベッドには怪獣のようなイビキをかくギリシア人のおっさん。轟音に耐えるため、頭まで被った毛布には南京虫が寄生。全身ボリボリ掻きながら、決して綺麗とは言い難い洋服で観光するも、物価の高さや重厚な歴史的建物、大人の街的な感じが自分のいるべき場所ではない、と思わせました。
そんな苦い記憶のウィーンで、最も印象に残っているのは、自転車の走りやすさです。車道と歩道から区切られた自転車専用レーンが見事に整備され、走っている自転車もそんなに多くはありませんでした。怪獣から逃れられた喜びと南京虫の痒さをお土産に、ウィーンを荷物満載のボロチャリで一周したのを覚えています。
再開
あけましておめでとうございます!
長い間、無かったことになっていたこのブログ。再開を望む声は、まるでないのに、また始めちゃいます。
今回は、中欧編!
と鼻息荒くいきたいのですが、キューバと違い、人の写真はほとんど撮れませんでした。
ヨーロッパの都会的で忙しそうな場所では、写真をお願いすることはなんとも気が引けたのに加え、言葉の壁も分厚く、ドイツ語、チェコ語、マジャール語、ポーランド語と寄った4カ国すべて違う言語。「ありがとう」しかしゃべれないのでは、撮影の突破口は開けん、ということが身に染みました。
そんなわけで、スタート初日から写真の少なさに早くも弱気ですが、今年も1年ウレシカ共々よろしくお願いします!
写真は、ブダペストのバスで会ったおじいちゃん。
蚤の市への降車バス停を聞いたのですが、うまく伝わらず、結局この後2回バスの乗り直し(涙)
しばしのお別れ
カップル
初めてキューバを意識したのは、2000年の7月でした。バルセロナの韓国人宿の隣のベッドに居座っていたドイツ人が、キューバは最も成功した社会主義国だ、お前もカストロ体制が終わる前に行くべきだ、と話してくれました。東欧諸国の多くがビザをも求めなくなっていたあの頃、成功した社会主義国というフレーズは、長期貧乏旅行の終盤で旅に疲れていた僕にも魅力的で刺激がありました。
以来、人生の脱線を繰り返しても、いつかはキューバへ、という想いは持ち続け、去年行くことができました。経済的に疲弊しているキューバを、成功した社会主義国と言えるかどうかは僕にはわかりませんが、人々の底抜けの明るさや情熱はあの頃想像もできなかったキューバの特色です。そしてそれにすっかりハマってしまった今の僕の想いは、近いうちにキューバへ、になっています。
床屋
写真枯渇のため、このブログを今月いっぱいでひとまず休止したいと思います。
毎日、キューバ人のナイススマイルを紹介し、温かい気持ちになれれば、と思い始めましたが、紹介できるような写真が底をつきましたので、遺憾ながら休止させていただきます(涙)。
夏ぐらいからは、もはやキューバとはまるで関係がない日常のぐだぐだブログになり、明らかに手抜きの更新も増えました。それでも毎日何十人かの方々から見ていただいて、とても感謝しております。またいつかこっそり再開したいと思ってますので、たまに覗いてみてください。(まだ3日ありますが・・・)
クルマ(青)
先週、セレクトショップで買ったパンツ(ズボン)の裾を延ばしに行きました。買ったモノは、着る機会は極めて少ないのに、結構なお値段がするもので、僕の今までの下半身向けの洋服としては、一番高価なパンツです。洋服屋の気取った雰囲気が苦手なので、さっと履いて、さっと測って、はい終わり、と少しでも早く店から脱出したいと考えていました。しかし、ばっちりキメた長髪の店員から「ではフィッティング・ルームへ」と言われた瞬間に気分が萎え、「1.5cm」の裾だしでお願いします、と採寸をせずに退散しました。今日、引き取りにいきますが、やっぱり採寸すべきだった、1.5cmはやり過ぎた・・・となるのが目に浮かびます。今度は裾上げか。




























